新聞の小説   

 今、新聞の小説を読んだところだ。毎朝、朝刊を開くとまず最終面の小説に眼を向ける。日本経済新聞の堺屋太一による「世界を創った男 チンギス・ハン」である。これを読まないと一日は、始まらない。それを済ませると一仕事終わったという感じでもある。

 今日の部分は、チンギス・ハンが民族の統一を成し遂げ「ハン」に推戴され、国の形を発表しようとしているところである。新聞の小説は、毎回、次につなげる仕掛けがほどこされていて次を読んでみたい気持ちにさせる。振り返ってみると、それほどの進展はないのにであるが。何か期待を持たせる。

 この前の小説、渡辺淳一の「愛の流刑地」も毎回、楽しみにしていた小説であった。性的描写が激しく、新聞の小説でこんな所まで踏み込んでいいのとも思わせた。しかし、ある種のエログロさは無く、上品にまとまっていた。その後、「アイルケ」として大きなブームにもなった。映画やテレビ番組も作られた。それらは、なぜか観ていない。出版された本も買っていない。新聞小説は、その都度読むその臨場感がいいのかもしれない。

 この小説を読み終わると、次に眼を向けるのは、「私の履歴書」である。書き手の文章や内容によってはパスをすることもある。しかし、最近のものは、ほとんどそんなことはない。今は、映画監督の新藤兼人である。これも、なかなか興味を引く。
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by yosinasi06 | 2007-05-12 06:04 | よしなし

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